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後悔の少ない人生を

   投稿日: 2018/08/06    投稿者:中村 克己

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 一昨日、昨日と私は、両親に孫の(つまり、私の子供の)顔を見せるため、実家に帰省していました。私の娘は国語・英語は得意ですが算数は嫌いで、いつも泣きべそをかきながら宿題をする。そういう話をすると私の父は、「算数は簡単なんだよぉ~。必ず答えがあるんだからさぁ~。それを考えるのが面白いんさぁ~」と栃木弁で返します。父は根っからの技術屋で、物事の因果関係を考えるのが好きです。街を車で運転している時でも、なぜここにこの看板があるのか、なぜこの街路に欅を植えているのか、なぜこの場所がいつも売地で、でも売れないのか、等々、常に仮説を立て、私や孫に解説してくれます。それを聞いているのは私だけで、孫は後部座席でバイキンマンの物まね大会を延々としていましたが。

 父の影響であることは間違いありませんが、私も技術屋気質だと思います。物事がうまく運ばない時は、理由を考える。人間の脳や心は一般化出来るものではありません。しかし仮説を立てることを止めれば進歩もないので、考えます。例えば私は、

①(受験勉強への、ある程度の)素質・適性
② 合格への強い執着心

 少なくとも一方を備えていないと、医学部合格は難しい、と仮説を立てています。

 身も蓋もないことを書きました。しかし、そういった「率直な、一講師の本音」を披歴することには、一定の意味があると考えます。

 と言うのも、多少は沈静化しつつあるものの、基本的に今の医学部人気は、バブルの様相を呈しているからです。いつの時代もバブルは、人を煽り、冷静さを失わせますが、そういった構図は医学部受験の世界にもあると考えます。

 医師が素晴らしい職業であることは論を俟ちません。しかしそれは、適性も執着も持ち合わせていない受験生が、ダラダラと受験生活を続けてしまっていい理由にはなりません。二十歳前後の貴重な時間を、何となく受験をすることで費やしてはいけない。やるなら全エネルギーを注がないと勿体ないと思います。ガチでやれないのなら、その現実から、目をそらさずに受け止める方がいい。

 突き詰めれば、やらないというのは、心からやりたいとは思っていない証拠ではないでしょうか。「痩せなきゃ」と言いつつケーキを食べる人と同じ。要は本気ではないのです。本当にやりたければ、たとえ周囲が止めてもやるはずです。講師も親も皆、受験生のモチベーションを上げようとします。にも関わらず上がらないのであれば、それは受験生自身の(無意識の)選択の結果かもしれません。私の立場からすると職務放棄だろう、とは思うのですが、ライムスターの「The Choice Is Yours」(←名曲です)を聴いていて、これは、私が書いておくべきことだ、と思い立ちました。

 受験生はみな、自分に正直になって、自分の感性で生きて欲しい。そして、自分が本気でないことに気付いているなら、潔く別の道で能力を活かす。自分の心が分からないなら(←こっちが大半だと思います)、一度は根性を決めてやり切ってみる。どちらに行くにしても、行動してこそ後悔の少ない人生を送れるはずです。

 さて、前回のブログでは、零戦を設計した堀越二郎の言葉を引用しました。彼は、海軍からの無謀な要求を一つ一つクリアし、第二次世界大戦初期における世界の最優秀戦闘機を作り上げています。(私は零戦のフォルムが好きで、プラモデルを部屋に飾っています。機能を極限まで追求すると美しくなる。それは零戦に限らず、日本刀でもアップル製品でも初期のシャネルでも、みな同じですね。)

 ただ、零戦は格闘機としての能力を高めるために重量を軽減し、操縦者を守る防弾鋼板や燃料タンクの防弾処理を省略しています。いわば操縦者の命を軽視した設計思想で、大戦後半にアメリカ側が最新戦闘機を送り出してくると防御力の弱さが致命的となり、優位性は急速に失われました。最後には特攻機としても使われています。

 堀越二郎は、まさか自分が精魂を懸けた戦闘機が、特攻に使われるとは思っていなかったでしょう。皮肉な見方をすれば、彼の情熱と技術が、日本の継戦能力に関する軍の希望的観測を助長したと言えます。大局観がないと、現場の努力が無に帰すことがある。この時期になると、そのような事例が歴史上何度も繰り返されて来たことを、後世の人間として改めて胸に刻まなければ、という気になります。

 好き勝手に書きましたが、受験生には、今回のブログの内容を深刻に受け止めて欲しくありません。トコトンやり抜かなければ、自分にどれくらいの力が眠っているのか、分からない。自分を信じて進むべきです。新渡戸稲造は、「十分に力を出す者に限って、おのれに十二分の力があり、十二分の力を出した者が、おのれに十五分の力があることがわかってくる」と語りました。私も心からそう思います。

 一方で周囲の大人は、全力で応援しつつも、その視野は複眼的であるべきと考えます。挑戦にはリスクがつきものですが、挑戦者にはそのリスクは見えづらい。死角をケアするのは周囲の人間ではないでしょうか。

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