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合格まで避けて通れない隘路

   投稿日: 2014/05/28


近年の医療技術の進歩にMRI(Magnetic Resonance Imaging)がある。同じく診断医療に有力なX線CTよりも繊細で、なにより放射線を用いないので安心して診断を受けられる。生体を傷つけることなく内部の活動をそのまま観測できるので脳科学や心理学にも多大な進展をもたらした。


MRIは磁気共鳴という物理現象を利用している。磁場中に電子線を通すと僅かに2本の線に分離する。電荷を持つ電子にはコマのように回転するかのような性質があり、これをスピンという。スピンが磁場と作用して2つの異なったエネルギー状態に分れるためである。


スピンを持つのは電子だけではなく一部の原子核にもスピンを持つものが存在する。原子や分子、あるいは結晶の内部では様々な磁場が存在し、これらの中のスピンを持つ粒子は、外部から磁場を受けると2つのエネルギー状態に分かれ、そのエネルギー差に相当する電磁波を吸収する。電子スピンによる吸収はマイクロ波領域、原子核のスピンによる吸収はラジオ波の領域である。


前者を電子スピン共鳴(Electron Spin Resonance)、後者を核磁気共鳴(Nuclear Magnetic Resonance)と呼ぶ。MRIは後者の現象を観測している。物質中の様々な磁場はこのエネルギー差に影響を与え、吸収される電磁波の波長にわずかながら差異を生じるので、これを観測することによって物質中の原子の結合や配置についての情報を得る事ができ、研究手段として活用されている。 


   
 ただ現在の科学は多くの原子や分子あるいは電子が絡む現象(多体系)には弱く、最先端の技術や理論をもってしても、この波長の差異と原子分子の結合状態との間の明確な関連をつかむことは不可能で、せっかくの観測データも特殊な場合を除いて有効に使われることはなくほとんどが無駄になっていた。


MRIはこの状況を背景にして登場した画期的な手法で、情報を2次元あるいは3次元的に展開して同じエネルギー差を持つもの同士の空間的な分布を映像化したものである。エネルギー差が同じであればスピンが同じ物質の中に置かれていることを示すので、それが何であるかが直ちに判別できなくても、組織の形状や広がりが分かり、これらを総合的に判断することで従来得られなかった貴重な情報とすることに成功したのである。この映像化の処理にはベクトルや行列を扱う数学的な手法(線形数学)も一役買っている。



MRIが測定対象としているのは水素原子の原子核がもつスピンである。水素原子が何と結合しているかによって、このスピンが磁場中で吸収するラジオ波に違いが生じるので、この違いを3次元的に映像化すれば水素を含む物質や組織の形状や分布を知ることが出来る。水素を中心とした情報である。


生体が含む元素は水素だけではない、酸素や炭素、窒素などもある。ただこれらの元素の原子核はスピンを持たないので測定対象とはならない。ところがこれらの元素の中には同位体に原子核のスピンを持つものがある。


天然には微量しか含まれないので、通常は測定にはかからないが、同位体分離をして濃縮し生体に投与すれば測定対象となりうる。これが可能になれば水素のみならず酸素や炭素の化合物や組織の分布を観測することが出来、一層の診断技術の改善を図ることが出来る。

同位体分離は化学的に全く同一の物質を分離するので、極めて困難な技術の1つで方法も限られ、一国の技術水準を窺う代表的なもののひとつとなっている。


現在普及しているものにはガス拡散法や遠心分離法がある。日本も他国からの技術導入でようやく遠心分離法の実用化にこぎつけたが、製品は極めて高価なものである。 


 
 


 同位体分離といえば放射性核燃料のウラン濃縮などのイメージが強い。第2次大戦末期、日本も原爆製造を模索して熱拡散という方法でウラン濃縮を図った。


当時原子核物理では後にノーベル賞を受賞した湯川秀樹博士や朝永振一郎博士などの錚々たる人材を擁し欧米に引けを取らなかったが、物性物理や化学の分野に属する同位体分離の技術ではさしたる生彩もなく、米国で開発されたガス拡散法に敗れ、原爆製造を先んじられて惨劇を被った。


全くの希望的観測ではあるが、もし日本も製造に成功していれば、米ソの冷戦時代のように、互いに保有していることが抑止力となって原爆投下はなかったかもしれない。

非放射性の同位体の濃縮が安価に達成できれば医療をはじめ自然科学の研究にも多大な貢献をもたらすと予想される。


現代の医学に物理や数学が大きく影響していることはいうまでもないが、高校生や受験生にとって現在学習している学科が将来どのような分野のどのような技術や手法に結びついているかを知るのは少々難しい。

明確な目的意識もなく、ただ目前の課題にあるから是非もなく取組まざるを得ないというのが実情であろう。不満に思う受験生もいるかもしれないがこれは合格まで避けて通れない隘路である。

大学にいって先の勉強をすれば自ずと分かってくるであろうと念じて今はただ勉学に励んでもらう以外にない。




物理講師 相馬 光敏

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